2009.02.07

寒中避暑コースで村山道

寒中ですが、避暑コースです。
村山道へ。
富士宮市郷土資料館のHPに埋もれていた村山道を、初めて探索に出掛けたのは、2004年4月でした。
その後に、村山道から富士山を登る、足跡も見られるようです。
GoogleMapsのコース。
朝8時35分に出発です。
雁堤から鷹岡へ。
身延線入山瀬駅横を国139号へ。
国道を横切る道は、松風通りですね。
万夫川沿いに、登って行きます。
釈迦堂で左折。
吉原からの村山道と合流します。
境町、大富町、次郎長町の道しるべが見えます。
コンクリートに、嵌められた物も有ります。
横沢の三叉路での村山道しるべは綺麗です。

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激坂を登り、村山浅間神社へ。

村山道しるべは、GoogleMapsでご覧下さい。

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松風通り

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ダイワハウス

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横沢の道しるべ

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村山浅間神社へ。10時丁度

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富士山石碑

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村山道登山口
さて、避暑コースは、白糸の滝方面へと向かいます。
途中で脱いだ、ウィンドブレーカーを着込みます。
県72号で白糸の滝へ。

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ビンラディン

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山の神は健在ですが、神の通りをダンプが走って来ました。
白糸の滝からは、県414号線。
陣場の滝へは行きません。
富士山が見えませんが、田貫湖まで。
再び、ウィンドブレーカーは脱ぎます。
じわっと汗を掻きます。
止まれば、空気が冷えています。

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田貫湖へ。11時10分
今日は、お昼は家で頼んで有ります。

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内野発電所で、ちょびっと富士山が。
トワイライトゾーンの、田畑の中を下ります。
県184号に合流して、朝日滝橋へ。
滝元の水路は、豊富な水量が流れています。
落ちる水音も、大きいです。
これは、寄って行かなくては。

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朝日滝。
これまでで、一番の水量です。
橋の袂では、水しぶきが掛かります。
再び登り返して、芝川町柚野へ。
県75号で。
柚野支所で自販機休憩です。

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ホットなドリンクを。
桜峠へ登ります。
当然、フロントインナーです。
今日は、狭い道をダンプが登って来ます。

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桜峠へ。午後0時10分
4台目のダンプが通ります。
渡辺晴智選手の練習地は、朝霧と桜峠です。
今日は、静岡G3ですので、ここには登って来ません。
稲子へ下ります。
日向橋から、稲子川沿いです。
道路工事中で、ダートな部分が有ります。
風は向かい風。
県10号へ合流します。
旧富士川町へ入り、旧道から馬坂を登り富士川橋へ。
富士川橋を渡り、ちょっと寄り道。

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水神神社に有る、富士山石碑です。
家には、午後1時10分帰還。73km
今日は、出会ったローディー5名。
アンカーが多いのは、vientoさんの影響かな。
圧巻は、雌橋の激坂へ向かうピストです。
たぶん、競輪選手と思います。

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2007.02.14

身延道のページ

私の自転車の乗り方は、富士山の見える所や、自然の多い所。
他に、走っていて気持ちの良い道や、新聞に紹介される旬な所が多いです。
さらに、ネットで古道や旧街道を、探したりもします。
そこで、身延道を探索を作って見ました。
誤字脱字や、事実と違う所が有ると思います。
その時は、ご意見を下さい。
なんといっても、身延道の情報は少ないです。

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2007.02.13

身延道、馬坂峠

身延道は駿州では、三つのコースが有ったようです。
東方から来ると、岩淵(富士川町)から万沢(南部町)へのコースのようです。
馬坂峠は、始めに越す峠です。
真下には、新旧の県10号が走ります。
峠に行くのには、木島から走ります。
今回は、南松野から逆に通って見ました。

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第二東名の下を過ぎて、下り坂の途中に入り口は有ります。
舗装も、されています。
ただし、立ち入り禁止のウマが有ります。

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駐車場も整備されて、身延道馬坂峠の案内板が立てられていました。
でも、立ち入り禁止ですから。(念の為)

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コンクリート舗装に変わった急坂を登ると、風神宮。

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その後ろに、石碑が群立しています。

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峠の真横には、ハイウェイ。
こんな峠は、他には無いでしょう。

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さらに、第二東名の工事で使ったと思われる、足場が展望台と変わっています。
ここからは、遠くには南アルプスや、北西の展望が開けています。
富士山は、残念ながら頭がチョビットだけ見えますが。(期待しないように)
第二東名の富士川橋の下には、遊歩道が付けられています。
階段を下がり、橋の向こうに出ると、遊歩道は上り階段となります。

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こちらに来ると、富士山も山から外れて見えて来ます。
途中で、左に山道が有ります。
ゲートで、外側に立ち入り禁止の案内がありました。
ゲートを跨いで、山道が身延道となります。

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山の斜面を回り込みながら、付けられています。
道も踏まれて、良い道です。

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途中で、お地蔵尊が佇んでいます。
まさに、古道の証です。
木々に中を進むと、先から明かりが射し、農道が続きます。
茶畑や畑の中を、平坦ですが下り基調で行きます。

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振返れば、富士山が見えます。
下に神社が見えたので下りましたが、身延道は真っ直ぐに下って行きます。
まもなく、県10号の旧道に出ます。

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神社は、白髭神社でした。

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私は、ここに出ました。

追記 07年3月11日
馬坂峠への、松野側からの立ち入り禁止は、2月25日には解除されていました。
ただし、悲しい事件が、地元新聞で報じられていました。
落書き事件です。
第二東名展望台と呼ばれますが、間違いです。
看板にも、身延道馬坂峠と書かれています。
昔から有る、身延道としての峠道です。
地元の歴史有る物を、大切にする意識が必要です。
行政、地域、学校(先生、保護者、生徒)合同の、活動が必要でしょう。

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2006.02.19

塩の道の峠

由比町から芝川町へ抜ける塩の道に、名無しの峠が有る。
由比町から県76号を大代峠に向かう。
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途中で、銚子口の滝の標識で、坂を折り返す。
桜野沢川沿いに登ると、切り通しの峠に出る。
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これは、北から見た峠。
一登りすると、屋根が倒れた祠の下で、
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jizouson
お地蔵損が手を合わせていた。
顔の右側と、両手は修復の痕が痛々しい。
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右横には、馬頭観音。
daimoku
左横には、題目塔が有る。
峠を越えて、廻沢へ下りて行く。
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途中で、芭蕉天神宮と由井の道しるべが現れる。
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これから見ても、旅人は大晦日の大榧の下で休んだ、謂れがなっとく出来る。
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道しるべには、信州高遠が刻まれている。
たぶん、内房から身延道を通じ、行き来したのだろう。
(私の憶測です)
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今の道は、内房の廻沢橋に出る。

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2006.01.22

(旧)大代峠

一走りで登った、
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お馴染みの大代峠。
そこへ、由比町側から長老らしき人が登って来た。
挨拶をして、ここには、お地蔵尊が無いのか聞いてみた。
昔の道は、その横から下りて来たとと言う。
車道が通る峠の東側に自然歩道が続くが、
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その先は南松野へ行き、
北松野へは、沢沿いを下りて行くと言う。
さらに、今は林の中に続く
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旧峠のらしき所まで一緒に登る。
この辺は畑で、北は富士山、南は三保半島から駿河湾が見えたようだ。
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途中に、道の跡らしい石が見える。
たどり着いたそこは崖で、道は巻いて付けられていた。
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ここから、海が見えると言う長老。
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確かに、今は木々の間からだが、三保半島が眺められた。
残念ながら、峠を示す石碑らしい物は無かった。
長老から伺った話
(富士川町と由比町の行政区の境は、峠を由比町側に下りた所に有り、今でも何軒かが富士川町となっている。)
小学校は、由比町側へ通っていたが、高等小学校になると山道を峠を越えて松野村へ通った。
向こうへ行くと、村がお金を払う事になるので、足が丈夫になった高等小学校になると松野へと通った。
さらに、かぎあな近くには競馬場が有ったとか、南松野への山道を行けば石神地蔵があって、そこにも家が一軒あったとか。

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2006.01.04

馬坂峠

初乗りのついでに、富士川町の馬坂に有る峠に行って来ました。
ここを知ったのは、峠のむこうへさんのHPからでした。
ここは、第二東名の工事個所なので、峠が保存されてはいないと思うが。
木島から県10号の旧道に入れば、すぐに坂が馬坂と分かる。
この馬坂の名称を知ったのも、最近だった。
道の脇には、石碑が佇んでいるので、旧街道とは思っていたが。
第二東名の真下を潜り、坂を下ると左にダートな登り道が造られている。
そこからが、現在の峠への最短となる。
ところどころに霜柱が立つ、地道を自転車を押して行く。
この道も、第二東名の工事用に新設されたようだが。
最後にちょっとキツメの坂を上がると、
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左手に風神宮の鳥居。
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その横に、馬頭観音、題目供養塔、お地蔵尊が立ち並ぶ。
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峠の面影は無いが、歴史を語る石碑達の存在には驚いた。
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周りは高速道が走り、それもまた見所かも。

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